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松江城山稲荷神社

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昨日「ホーランエンヤ」の記事で書いた「松江城山稲荷神社」

松江をこよなく愛した明治の文豪・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が通勤途中に毎日のように立ち寄った神社であります。

昔撮った写真があったのでご紹介。
松江城山稲荷神社

松江城から続く「松江城遊歩道」の途中にあります。

大きな地図で見る

ご祭神は、「宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)」
と「誉田別尊(ほむたわけのみこと)」
松江城山稲荷神社

宇迦之御魂神は全国の稲荷神社のご祭神。お稲荷さん。

誉田別尊は第15代応神天皇で八幡宮のご祭神。

なぜかといういと、ここには「若宮八幡宮」も合祀されているためです。

初代藩主堀尾吉晴公が亀田山に築城する際、もともとあった寺社はそれぞれ立ち退きで移転されましたが、この地にあった若宮八幡宮だけはそのまま守護神として祀られたのでした。

そして、松平直政公が入国した際にさらに稲荷大神を祀られた…

という歴史があります。

奥に進むとホーランエンヤについての説明があります。
松江城山稲荷神社

松江城山稲荷神社

城山稲荷神社式年神幸祭(ホーランエンヤ)

 当社は、徳川家康公の孫にあたる松平直政公が藩主として入国した翌年藩内の安穏と繁栄を祈念して、かねて信仰していた稲荷大神(宇迦之御魂神・うかのみたまのかみ)を出雲隠岐両国の守護神として城内に祀られた神社である。

 直政公が入国してから十年目の慶安元年(1648)は天候不順で、これに心を痛めた直政公は、当社の御神霊を船渡御によって出雲郷(あだかえ)にある阿太加夜(あだかや)神社にお移しし、長期にわたり五穀豊穣の大祈祷を行わせたところ祈願が成就し、以来十年目毎に御神幸が行われる慣しとなった。

 神輿船の曳船として櫂伝馬船(かいでんません)が加わるようになったのは、文化五年(1808)の御神幸の際、大橋川から中海に出る馬潟沖で風雨が激しくなり神輿船が危険になったのを馬潟の漁師が助けに出て出雲郷まで無事お送りしたことに始まる。

 その後、馬潟、矢田、大井、福富、大海崎の五つの地区の櫂伝馬船が神輿船の曳船をつとめることとなり、江戸末期からは十二年目毎の五月に斉行されることになっている。

 この神幸祭は、俗に「ホーランエンヤ」といわれ、初日の阿太加夜神社への渡御祭(とぎょさい)と「五穀よく稔り、諸の蒼生(あおひとぐさ)に至るまで、思わざる災いなく、世のやすく、穏やかにありなんこと」を祈念する七日間の大祈祷の後当社にお帰りになる還御祭(かんぎょさい)は百隻にも及ぶ大船行列で、櫂伝馬船の上では歌舞伎衣装の剣櫂(けんがい)や女装の采振(ざいふり)が “ホーランエンヤ” の唄に合わせ勇壮華麗に舞い踊る絢爛豪華な時代絵巻を繰り広げ、日本三大船神事の一つといわれる大盛儀である。



そして一番の見どころは境内にある1,000体以上もの狐!
松江城山稲荷神社

昔は2,000体以上あったそうですよ。

なんですが…これ以上の写真が見当たらない… (。・x・)ゝ
松江城山稲荷神社

また今度、御狐様の写真を撮りに行きたいと思います。


最終更新日:2010年4月 2日 17:23

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